kouyamatanのブログ

身の回りの日々の記録

いま、どうしてますか?

今週のお題「あの人へラブレター」

あれは高校3年生の時でした。教育実習生として貴方はやってきましたね。覚えていますか?剣道場の床に、クラス全員と担任の先生と教育実習生の貴方、みんなで、まあるく座って各自が自己紹介をしてプチ歓迎会らしきことをやったとき、貴方は歌を歌いましたね。とても通る声で素敵な歌声でした。

私の番になったので、自己紹介をして、私も歌を歌いました。当時はフォークソング全盛期で、でも、私は古城を朗々と歌い上げました。ずっと貴方は私を見ていて、私も貴方をずっと見ていました。お互いの視線が絡まりあったような気がしました。

気のせいではなかったことに、間もなく気づきました。教育実習の授業中も、ふと気づくと貴方と目が合いました。休み時間には、勉強やプライベートなことをいろいろ質問したりして、急速に親しくなっていきました。

学校に来ると貴方に会える、そう思うだけで登校するのが楽しみになりました。いつしか一緒に帰るようになりましたね。私の家と貴方が電車に乗る駅の方向が同じだったから、自然と待ち合わせをしていろいろお話ししながら帰りました。

帰る途中に小さな公園があって、いつもそこでみち草をしてたくさん、たくさん、お話しをしましたね。まるで恋人同士みたいに、手をつないで駅へ向かったこと、今でも甘酸っぱく思い出します。

たまたま車で通りがかった父に、ふたりが手をつないで歩いているところを見られていました。その夜、父に、彼氏か?と問われて、教育実習生だよ~、と答えたらあんまり深入りするなよ、と言われたんですよ。

このままずっと楽しい時間が永遠に続くような錯覚に陥っていたのを、ハッと現実に引き戻した父の一言でした。

それから私は、貴方から少し距離を置くようになりました。

そう、貴方は教育実習生。もうすぐ東京の大学に戻る日が来る。東京には付き合っている彼女がいるって言ってたから、なおさら、離れなければ、と。

でも、そんな私の気持ちの変化に気づかない貴方は、いつも通り待ち合わせていた校門にいました。私は校舎の裏手にある塀を乗り越えて、貴方に会わないように違う道を帰りました。

翌日、貴方は休み時間に私を廊下に呼び出して、どうして昨日は一緒に帰らなかったの?と問いましたね。今日は一緒に帰ろう、待っているからね。そう言って白い歯をみせて貴方は笑いかけてきました。

私は、揺れ動く心に、自分ではどうしようもない押さえきれない思いに気づいてうろたえていました。

一緒に、帰りたい。

その頃になると、同級生たちも私たちのことに気づいていました。格好のうわさ話になっていました。耳に入れてくれるお節介な友人がいたのです。

貴方も、指導の先生から注意を受けたことでしょう。

離れなくちゃ、と思えば思うほど気持ちが貴方に向いてしまって、だからなおさら距離を置くようになりました。

明日は実習最後の日というとき、貴方は私のところに来て、

明日は君のために授業をするよ。

教室の中でそう言いましたね。同級生たちはビックリして、私もビックリして、

でも、すごく嬉しかった!

本当に、私だけのための授業でした。貴方は授業時間いっぱい、私だけを見つめていましたね。同級生たちがざわざわするのもおかまいなく、貴方と私、見つめあっていました。

帰りの時間、貴方はいつも通りに校門で待っていました。ずっと避けてきた私も、今日が最後だからと思って貴方のもとへ行きました。

一緒に帰ってくれる?

貴方の問いに、コクンと頷いて一緒に歩き始めました。お互いに黙ったままでした。

駅に近づいて、だんだん歩みが遅くなり、ついに駅に着いたときには、電車が発車する10数分前でした。私は駅舎の外の壁に背をもたれかけ、貴方は真正面に立って壁に手をついて…今でいう、壁ドンの体勢でしたね。

東京の彼女とは別れる、付き合ってほしい。

そう言った貴方に、私は

彼女、泣くよ?待っているんでしょ。
ごめんなさい、付き合えない‼

そう答えてかがみこみ、貴方の腕からするりと抜けました。貴方は振り返り壁に背をつけて泣きそうな表情を浮かべましたね。しばらく黙ったまま見つめあっていると駅のアナウンスが聞こえてきました。

じゃ、最後に握手だけ、してくれる?

うん。

そっと貴方の手を握り、そして

さようなら。幸せに!

そう言って手を離しました。
貴方は声にならない声で
さようなら、の形に唇を動かすと、
改札に走っていきました。

その姿を、去っていく貴方の背中を見つめながら、落ちそうになる涙をぬぐいました。

恋、だったのです。はかない恋でした。自分の手で幕を閉じました。

あれから数十年、いま、貴方はどうしているでしょうか。もう定年を迎える年頃ですよね。

お元気でいらっしゃるといいのですが。

私、貴方が大好きでした!