kouyamatanのブログ

身の回りの日々の記録

耳に懐かしいメロディが、ラジオから流れてくる。

 

昔の歌はわかりやすいし、歌詞に、メロディに、物語があるし、なにより「聴かせて」くれる歌が多かったように感じる。

 

今の歌でもいいものはあるが、若いときに耳に馴染んだ歌は、いくつ歳を重ねてもいい。

 

そう、聴くのはいいの。

 

 会社の飲み会などで、二次会にカラオケへ行くことがある。選曲するのは、古い歌ばかり。それしか歌えないからである。

 

新しく入った同僚が、ことさらに歌が上手で、ますます歌いにくくなっている。それを無理矢理歌わせようとするのは、モラハラにならないか?と思う昨今である。

 

飲めない酒を無理矢理飲ませれば、アルハラ、と言われるようになって久しいのに、

カラオケでは、ひとり最低は一曲!と音痴で歌いたくないのに、無理強いされる。

 

だったら行かなければ良いだけなのであるが、そのあとのつきあいを考えると行かざるをえないのである。

 

社内の親睦と融和を図る、という趣旨のもと

飲めない酒を無理に飲んで、歌いたくない歌を嫌々歌う。

 

こんなものなのかな。

 

酒は逃れられても、カラオケは逃れられない。

 

カラオケ・ハラスメントだー‼

 

と、心の中で叫びながら、古い別れ歌をつぶやくように歌って、ノルマを果たしている。

 

無理強いされるといえば、デュエットだ。

 

歌えなくはないが、歌う時に、腰に手を回したり肩を抱こうとしたりするのは、今度はセクハラじゃないか?と思うのだ。

 

酒が入って気持ちよく酔っぱらっている先輩同僚や、上司には申し訳ないと思うが、体に触れてほしくないのだ。

 

なので、最近は、飲み会そのものを不参加にすることが多い。

 

体調不良につき、残念ですが参加できないです。

 

これ最強。

 

歌は楽しく歌いたいし、聴きたいし、酒も自分のペースで楽しく飲みたいものだと思う。

 

なによりも、一緒に飲んだり歌ったりするのは、好きな人たちがいい。

 

大人げないと言われようが、貴重な時間とお金を使って、好きでもない人たちと我慢をしつつ過ごすのは、命の浪費といっても過言ではないと思うのだ。

 

会社勤めをしているうちは、しょうがないのかな。社会人としてはそれは許されないワガママになるんだろうか。

 

共感してくれる人もいるんじゃないかと、ひそかに期待を持っている。